これまでの連載では、
浄土系・禅宗・真言密教と、それぞれの宗派における戒名の意味を見てきました。第5回では、日蓮宗における戒名の考え方を取り上げます。
日蓮宗とはどのような宗派か
日蓮宗の戒名は、単なる死後の名前ではありません。
それは、法華経を信じ、南無妙法蓮華経を唱えた信仰の証として授けられるものです。
他宗派と比べると、日蓮宗の戒名には独特の力強さと、明確な思想的背景があります。
日蓮宗は、鎌倉時代の僧・日蓮を開祖とする仏教宗派です。
最大の特徴は、法華経こそが釈迦の真実の教えであるとする点にあります。
日蓮は、
- 念仏
- 禅
- 密教
といった他の修行を厳しく批判し、
「南無妙法蓮華経」を唱えることこそが、すべての人を救う道であると説きました。
この一貫した思想は、戒名の考え方にも色濃く反映されています。
日蓮宗において戒名とは何か
日蓮宗では、戒名を
「法号(ほうごう)」
と呼ぶことが一般的です。
これは、仏の教えを受けた者としての名前、
すなわち 信仰者としての証明書 のような意味を持ちます。
日蓮宗の戒名は、
- 仏弟子となった証
- 法華経の信仰を体現する名前
- 生前の信仰を死後にまで貫くもの
として授けられます。
日蓮宗の戒名に「妙」「法」「蓮」「華」が多い理由
日蓮宗の戒名で最も目につく特徴は、
- 妙
- 法
- 蓮
- 華
といった文字が頻繁に使われる点でしょう。
これらはすべて、
「南無妙法蓮華経」
を構成する重要な文字です。
「妙」
真理の奥深さ、言葉では尽くせない尊さを表します。
「法」
宇宙を貫く普遍の真理、仏の教えそのものです。
「蓮」「華」
泥の中から清らかな花を咲かせる蓮に、人間の成仏の姿を重ねています。
戒名にこれらの文字が入ることは、
法華経と共に生き、法華経と共に仏となる
という強い信仰表明なのです。
日蓮宗では「位」よりも「信心」が重視されます
日蓮宗の戒名は、他宗派と比べると、
- 院号
- 院殿号
といった格式的な位号が、必ずしも重視されません。
それよりも重要なのは、
- 生前、どれだけ法華経を信じたか
- 南無妙法蓮華経を唱え続けたか
- 日蓮の教えに帰依していたか
という 信心の在り方 です。
戒名は、故人の社会的地位を示すものではなく、
信仰の姿勢を映す鏡 と言えるでしょう。
戒名は「死後に与えられる勲章」ではありません
日蓮宗では、戒名を
「死後に功績として授けられる称号」
とは考えません。
むしろ、
生きている間に、すでに仏道を歩んでいたかどうか
が問われます。
そのため、日蓮宗では生前に法号を授かることも珍しくありません。
これは、生きながらにして仏の道に入った証でもあります。
日蓮の思想と戒名の深い関係
日蓮は、
我が弟子檀那等は、日本国の宝なり
と語りました。
これは、法華経を信じる者一人ひとりが、すでに尊い存在であるという思想です。
日蓮宗の戒名には、
「死後に救われる」
という発想よりも、
「生きている今、この身このままで仏に近づく」
という思想が込められています。
他宗派との違いから見える日蓮宗の個性
ここで簡単に、これまでの宗派と比較してみましょう。
- 浄土系:阿弥陀仏の救いに身を委ねる
- 禅宗:修行と悟りの積み重ね
- 真言宗:密教による即身成仏
- 日蓮宗:法華経への絶対的信仰
戒名は、その宗派の「人間観」「救済観」を映し出しています。
日蓮宗の戒名は、
「信じ、唱え、貫いた人生そのものの結晶」
なのです。
おわりに|戒名は「その人の生き方」を語ります
日蓮宗の戒名は、決して形式的なものではありません。
それは、
- 何を信じ
- どの教えと共に生き
- どの道を歩んできたのか
を静かに語る名前です。
戒名を知ることは、
仏教の教えを知ることであり、
同時に 生き方そのものを見つめ直すこと でもあります。

次回は、天台宗を取り上げ、
「すべてを包み込む円融の思想」と戒名の関係を見ていきます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
日蓮正宗 公式ホームページ
日蓮宗ポータルサイト 立正安国論、開目抄
「日蓮」2025年12月1日 (月) 11:03『ウィキペディア日本語版』
「日蓮宗」 2025年11月12日 (水) 11:39 『ウィキペディア日本語版』
末木文美士 日本仏教史 新潮文庫
佐藤弘夫 日蓮 立正安国論 講談社学術文庫
瓜生中 よくわかる日蓮宗 学研
