立春と節分は、春の訪れを告げる日本の伝統行事です。実はこの二つは旧暦と深く結びつき、一年の始まりや厄払いという重要な意味を持ってきました。本記事では、立春と節分の由来や旧暦との関係、現代に受け継がれる風習について分かりやすく解説します。
立春と節分――春の始まりを告げる日本の暦と祈り
日本には、四季の移ろいを繊細に感じ取る文化があります。その象徴ともいえるのが「立春」と「節分」です。毎年二月初旬になると耳にするこの二つの言葉ですが、実は古い暦の考え方と深く結びついた、長い歴史を持つ行事でもあります。
立春とは何か――暦の上の春の始まり
立春(りっしゅん)とは、二十四節気の一つで、春の始まりを示す日です。例年、二月四日頃にあたります。二十四節気は、古代中国で生まれ、奈良時代に日本へ伝わった太陽の動きを基準とする暦法です。
実際の気候はまだ厳しい寒さの中にありますが、暦の上ではこの日を境に冬から春へと移ります。旧来の人々は、目に見える気温よりも、太陽の動きや日照時間の変化から季節の兆しを感じ取っていました。立春は、自然の中に芽吹き始める「春の気配」を捉えた日なのです。
旧暦と立春――一年の始まりという考え方
立春を理解するうえで欠かせないのが、旧暦との関係です。日本で明治以前まで使われていた旧暦は、月の満ち欠けを基本としつつ、太陽の動きによって季節のずれを調整する「太陰太陽暦」でした。
この旧暦の世界では、立春は単なる季節の節目ではなく、一年の始まりに近い特別な日と考えられていました。陰陽道や暦注の世界では、年の切り替わりは正月ではなく立春とされることも多く、干支や運勢の起点も立春を基準にしていました。
そのため、立春の前日である節分は、現代でいう大晦日のような位置づけとなり、年を越すための厄払いが行われるようになったのです。
節分とは――季節と年を分ける日
節分(せつぶん)とは、もともと「季節を分ける日」を意味し、立春・立夏・立秋・立冬の前日すべてを指していました。しかし、立春が一年の始まりとして重視されたため、やがて立春前日の節分だけが特別な行事として残りました。
旧年の穢れを祓い、新しい年を清らかな気持ちで迎える――節分には、そうした節目の意味が込められています。
豆まきの由来――鬼を祓い、福を迎える
節分の代表的な風習である豆まきは、室町時代頃から広まったとされています。「鬼は外、福は内」という掛け声に登場する鬼は、病や災害、不運など、人の目には見えない厄災の象徴です。
豆には「魔を滅する(魔滅=まめ)」という語呂合わせがあり、邪気を祓う力があると信じられてきました。また、炒った豆を使うのは、生の豆のように芽が出て災いが再生しないようにするためだといわれています。
年の数だけ豆を食べる風習にも、一年を無事に過ごしたいという人々の切実な願いが込められています。
恵方巻と現代の節分
近年では、節分に恵方巻を食べる習慣も広く知られるようになりました。これは関西地方を起源とする風習とされ、その年の恵方を向き、無言で巻き寿司を丸ごと食べることで福を招くといわれています。
形は変われど、節分を「区切りの日」として大切にする心は、現代にも受け継がれています。
恵方巻とは何か
恵方巻とは、節分の日にその年の「恵方(縁起の良い方角)」を向き、無言で太巻き寿司を丸ごと食べることで福を招くとされる風習です。発祥は関西地方といわれ、商売繁盛や無病息災を願う習慣として広まりました。切らずに食べるのは「縁を切らない」ため、無言で食べるのは「福が逃げない」ためとされています。近年は全国的に定着し、節分の新たな象徴的行事となっています。
立春大吉――新しい年への祈り
立春の日に「立春大吉」と書かれた札を掲げる風習も、旧暦の年替わり思想と深く関係しています。この文字は左右対称で、裏から見ても同じに見えるため、災いが入ってきても再び外へ出ていくと信じられてきました。
立春は、新しい年の始まりであり、運気の切り替わる大切な節目でもあったのです。
おわりに――暦が伝える日本人の時間感覚
立春と節分は、単なる年中行事ではありません。旧暦の時代から続く、自然と調和して生きるための知恵です。寒さの中に春の兆しを見つけ、年の境目に心を整える――そこには、今を生きる私たちにも通じる大切な感覚が息づいています。

節分の豆まきや立春の朝を迎えるその瞬間に、暦が教えてくれる「始まりの意味」を、少しだけ意識してみてはいかがでしょうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
